映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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対話の可能性(byシュバンクマイエル)
そんなわけで、昨日のエントリーでツッコミを募集したところ、早速友達がこんなツッコミをくれました。これからの為のテストも兼ねて、ちょっと独立したエントリーとして取り上げたいと思います。

じゃあ、質問で~す

映画学ってなんすか?映画の事をやる学問が映画学でいいんでしょうか?
たとえば、社会科学だと政治学は政治の事、社会学は社会の事をやる学問って言えるけど、方法論でちょこっと違う所がやっぱある。かなり極端で独断と偏見に満ちた言い方すると、たとえば政治学的映画学は「映画とはなにか?」「主人公とは何か?」みたいななるだろうし、社会学的映画学だと「せかちゅうがヒットした社会的背景とはなにか?」みたいになるかもしれないし、経済学的映画学だと「どうやったら、与えられた映画の設定の中でAとBは恋に落ちるだろうか?」みたいな感じ?う~ん、単純にいうとWhat?かHow?かその中間で問う学問か、という事です。(社会学は帰納法より、経済学は演繹法よりみたいですが)何を聞かんをしてるのか、自分でもよく判らなくなってきたけど、なんかそんな感じに映画やってりゃ映画学じゃねーぞみたいな事ってあるんですか?マジレスだと3000文字越えるというなら、1行でおとしてください。よろしく~ (実はマスターかなりヤヴァかったニート さんより)

なかなか面白い質問でした。ちょっと使ってる言葉が難しいけど・・・。「映画学って何?」ってな部分を補完してくれると思います。ちょっと修正したり足したりしましたが、コメント欄の方に書いた、僕なりの答えはこちら↓

質問の答え(一行版)→なんでも好きなようにやってもいいのが映画学でーすw 

別な言い方をすれば、上にあげてくれた政治学的、社会学的、経済学的、と言ったあたりは全部入ってくるよ(でも経済学的、はあんまないかな)。ってかwhatもhowも両方やらなきゃしょーがないものね。帰納的、演繹的という言葉でいくなら映画学は「映画」っていう研究されるものが具体的にちゃんとあるから、それに対しては帰納的なアプローチも演繹的なアプローチもとるね。

映画学ではform(形式=how)content(中身=what)っていう分け方だね。つまり、与えられた映画の中で、何が映っているか(中身)と、それがどういう風に観客に見せられているか(形式)、っていう風に考えるかな。もちろん何が映ってるか、ってのも大事だし、同じ物が映っていてもカット割りとか構図とか色とか何やらで全然意味が変わってくるわけですよ。たとえば同じゾンビが出てくる映画にしても、ゾンビの視点からみた映像が入るか入らないかで、観客がゾンビの立場に立つか立たないか、ゾンビと、または主人公とどう距離をとるか、みたいなのが変わってくるよね。まぁ微妙になんだけど、確かに変わってくる。

補足として書きますと、たとえばうちの大学で映画学やってる先生って、もともと映画学やってなかった人達が結構いるんですよ。美術畑から来た人とか、言語学やってた人とか、英文学やってた人とか。だからみんな映画学に対する考え方やアプローチがけっこー違って、それがまた面白いんですよね。少なくとも僕の知る限り、「こういうアプローチは映画学として邪道じゃぁ」っていうものはないかなぁ。



もちろんいただいたコメントや質問全部をエントリーとして取り上げさせていただくわけではないですが、10月まではそんなにネタもあるわけじゃないですし、こんな感じでこのBlog読んで下さっているみなさんとの対話も絡めていければと思います。
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コメント
この記事へのコメント
なるほど
そっか~、確かに映画学って比較的新しい学問だし、いろんなアプローチの方法があるかもね。(てか、経済学が体系建てられすぎな感はありますが)じゃあ、やっぱり先生変わると教えることとかもガラっと変わるの?ニューシネマ系(真夜中のカーボーイとか、狼達の午後とか)好きな人の授業あったら教えてください、出るんで(爽
あと、そのニートって奴大丈夫?ニートって言っときながら、マスター申し込むとかって自分で自分否定してるし・・・
2005/09/06(火) 11:13:52 | URL | 灰ケー #-[ 編集]
>灰ケー
そんなわけで映画学には色んなアプローチの仕方があるのですよ。ただ先生変わると教えることがガラっと変わるっていうかね、「映画学入門」みたいに何クラスもあるような大きいコースを色んな先生が教えてる時は、そんなに先生ごとに変わるわけじゃないよ、やっぱり。でも、「その先生しか教えられない」みたいなやや専門的なコースを、その先生1人で教えてる時は、やっぱ違ってくるかな。ニューシネマ系って何なのかよく分からんけど、そこらへんだったら好きな先生はいるなぁ。alternative americaっていう授業やってるね。
2005/09/06(火) 16:20:56 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
コメディと恋愛?
 社会的弱者の灰ケーさんよりは、全然シロウトで初歩的な質問で今だけ恐縮なんですけど、本当~にどんな映画にも作られた社会的背景みたいなのはあるの?

 だってコメディとか恋愛ものとか、そういう感情にモロに突っ込んでくるものに何かその映画を作らせる社会的要因があるようにはあまり思えないのですが…。あ、恋愛に関しては「今会い」とか「せかちゅう」とかの例で話はしてましたね。それは一応理解できました。純愛モノがいまさら流行るのは、それが今かけているからだと。

 ん~じゃあ、コメディだって何かあるんですか。笑いの裏には何があるんで?きっと私が感情に流されて見えなくなってるだけなのかもしれませんが・・・我思うに、昔の映画には何かしらそのジャンルが発展する上での社会的背景やらがあったと言われれば、納得できなくもない。でも今の映画は何だか、それというよりは、商業目的で作られているような気がしてならないのです。社会的背景は何?といったら経済効果?みたいな。だから、映画のストーリー以外に意味とかあんのかよぉと疑ってしまいます、せんせぇ。実習で心も病んでるってか。
2005/09/07(水) 13:18:07 | URL | あと3日実習生。 #-[ 編集]
「運命じゃない人」がみたい
ども、社会的弱者ハイケーです。管理人様に「ニートじゃないふりしやがって!!」とメールでお叱りを受けました。

>タカ
もう一つ質問ですが、映画学ってやっぱり1個の映画を題材に取り上げて、それについて議論したりするんですか?なんかすべての映画に共通する客観的理論みたいなものがあってもいいような気が・・・これって俺の学問に対する偏見?

>実習生@つねに冬眠前の熊
僕は別に高次元な事聞いてませんよ~。ただ頭が悪くて他の言い方とかが思いつかないだけっす、すんません・・・
映画から見える社会的背景といえば、アメリカの戦争映画なんか顕著じゃないでしょうか。フルメタルジャケットや地獄の黙示録から湾岸戦争を経てインディペンデントデイやアルマゲドン。まぁ、素人考えですが・・・ホントのとこどうなんですか、先生?
あと韓流は市民権得たboys be(言いすぎ?ごめんなさい>韓流ファンのみなさま)
2005/09/07(水) 14:34:09 | URL | 昼はハイケー、夜はニート #-[ 編集]
俺のこと先生って呼ばないこと!
最近始めて来てくれた人たちが誤解するから!
まだ学生ですよ俺は。

>実習生
コメントありがと。実習生がくれたコメントは、映画学のかなり大事なとこに引っかかってくるので独立したエントリーで取り上げるよ。今はちょっと書いておきたい話があるので、明日にでも。ちょっと待っててね。

==================================

>ハイケー
こちらもコメントありがとさん。前にもちょっと書いたように、映画学では一つの映画を取り上げて議論するかたちの時もあるし、先に理論ありきの場合もあるよ。かたちの上ではね。

でもさ、結局美術史なんかでもそうだけど、先に具体的な事例ありき(帰納的)なのか、先に全体的な理論ありき(演繹的)なのか、なんてのは形式上の分け方でしかなくて、実際はその二つをバランスよく取り入れていかなきゃダメだと思うんだよね。やっぱり片っぽだけだと説得力を持ってこないし建設的じゃないじゃん?

例えば、映画というメディア全体を包括するような理論があったとしてもさ、それはなにかしら具体的な映画について言及して、ケーススタディとしても説得力がないと全体的な理論も説得力を持ってこないし、逆に一つ一つの映画を論じるっつってもその一つ一つの映画を何との関係で論じていくのか、または論じた上で映画学の中のどういったところに位置付けるのか、ってのを考えてないとしょーがないところがあるよね。だからそこらへんあんまり単純に分けて考えるとちょっと良くないかも知れんよ。

んで、そういうことを前提に置いた上でだけど、映画全体に関わってくる理論というと
映画と精神分析の関係(観客とは何か)
とか
ジャンル理論(「ジャンル」というものが、映画においてどういう役割を果たすのか)
なんてところがあるね。
2005/09/07(水) 16:16:16 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
>タカ
うん、確かにどちらか片方じゃ建設的じゃないし、説得力も無いよね。でも、今や理論上は飛ばないはずのジャンボジェットが飛ぶ時代。やっぱ現実(帰納法)と理論(演繹法)の乖離ってのはどの学問にも見られる事で、かといって現実の認知の仕方や観測法ってのは、方法が違うと現実って奴もまったく表情を変えてくる始末。要は現実は明らかなのに、不確実。理論は確実なのに、非現実的。今現在もそれぞれの学問がその乖離のそれぞれの解決方法を見つけ出そうと模索してると思うんですよ。そこで映画学では、現在どんな形で理論とケースってのを位置づけてるのかなと超個人的興味心から聞いてみました。んなこたメールで聞けって事っすね、すんません。。
勢いって怖いっすね~(爽
2005/09/08(木) 17:18:55 | URL | 昼はハイケー、夜はニート #-[ 編集]
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