映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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ちょっとだけ映画学 ===カリガリ博士と表現主義=== 9月22日補足
「ちょっとだけ映画学」二回目は、「カリガリ博士と表現主義」というお題で、映画学入門第四回の内容のさわりだけ書こうと思います。

CabinetdesDrCaligari1920-01.jpg
「カリガリ博士」 1920年

ここで主題になるのは「映画には何が映っているのか」という問いです。

前回のエントリーでは、「映画において、画面に映っていないものは存在していない」と書いて、解釈の危険性について書きました。しかし、それを念頭におきつつも、やっぱり映画を通してどんなものが見えてくるか、っていうことは考えなければいけないわけで、今回はそういう映画の見方の一つについてのお話になります。

映画ってのは写真と同じように「現実感」が極めて強いメディアです。一応「現実の風景をそのまま写し取る」ということで(これは単純に「そのまま」とは言えないのですが・・)、絵画のような描かれたイメージよりも遥かに現実に近く、その現実感が映画の大きな特徴になってきました。

しかし、映画に絶大な力を与えてきた現実感は、一方で制限にもなります。「目に見えないものをどうやって表現するのか」という問題が出てくるんですね。人間の感情や、抽象的な概念などを表現するのが難しいわけです。

この問題は、絵画が映画よりも早くに手をつけていました。それが、目に見えるものを内面の反映として表現する表現主義です。
分かりやすいのはやっぱこれ↓でしょうか。
Expressionism.jpg

基本的には、感情というのは人間の内面にありますよね。そんでその人がのっている橋とか、その人が見ている空、というのは外面であって、彼の内面とは繋がっていないですよね。でもこのムンク「叫び」では、山とか空とか橋、といった、叫んでいる男の内面ではないものも、彼の内面の苦悩とか絶望と連続した空間として描かれています。別な言い方をすると、本来内面であったものが外面にでてきているわけです。これを一般的に表現主義、というみたいです。

そんで「カリガリ博士」ですが、これもムンクの「叫び」に通じるような歪んだ世界が主人公を包んでいます。
caligari.jpg

caligaroom.jpg
これって見りゃわかるけど、みんなセットなんですよねー。スゴイですね。このセットを作った人達は、実際に絵画の方の表現主義を知っていて、影響を受けた人達です。

「カリガリ博士」はぜひ見ていただきたい映画で、ネタバレになるので言いませんが、この世界の歪みってのが「ただこういうのが絵的に面白いからやってみよー」っていう話ではなくて、何らかの、内面的歪みの反映としてあるわけです。外面的で目に見えるものが、目に見えないものの延長、連続として表現されているわけですね。これが映画というメディアが、自分の弱点である「目に見えないものを表現できるか」という問いに対して出した一つの答えであり、映画の表現主義と呼ばれるものです。

そして、「カリガリ博士」は明らかに見た目も内容も特殊な映画なわけですが、この映画が切り開いた表現主義的技法はその後も受け継がれ、もっとフツーの映画の中にフツーに溶け込んで使われていくわけです。

例えば、ダグラス・サークという監督に邦題「天は全てを許し給う」、原題が"All That Heaven Allows"という1955年につくられた映画があります。この映画は批評家にもとても高く評価されていて、かなり深いテーマをもった映画なのですが、基本的には娯楽としてのメロドラマです。
AllThatHeavenAllows_01044_jpg.jpg
「天は全てを許し給う」 1955年 ダグラス・サーク監督

そのオープニングでは、この↓ようなショットがあって
AllThatHeavenAllows_01008_jpg.jpg
これって、町並みが明らかにセットと分かるように撮られてるんですね。当時の他の映画セットとの比較は自分の不勉強でできないのですが、これはこの映画のテーマの一つである「上流社会の見かけだけの薄っぺらさ」を「薄っぺらで明らかにつくりもののセット」で表している、という風に映画学ではよく言われます。確か監督自身も言っていたんじゃなかったかなぁ。定かではないですが。ですから、もしこのショットをそのように解釈すれば、これは「カリガリ博士」と同じように、目に見えないものを物理的外面的に表現した表現主義的な技法、ということができるんですね。

他にも、この場面↓、画像が小さくて申し訳ないんですが、テレビに主人公の女性が映りこんでいるシーンです。
allthatheaven.jpg
これは彼女の息子が「お母さんテレビさえあれば退屈しないしハッピーだぜぇ」みたいな感じでテレビを持ってくるんですが、ちょうど彼女が家庭と自分の恋の板ばさみになっている時なんですね。だから、テレビに映りこんだイメージは、「安定した、家庭らしい家庭」の中に閉じ込められている彼女の反映である、という風に、これもカリガリ博士と根本的には同じ技法だとみることができます。少なくともこの監督に限ると、彼はこういうのがホントに好きで、わざとやってるんですよね。

視覚的にあまりに現実に近すぎた映画が、目に見えないものを表現するためにどのような実験や発展をしてきたか、というのはなかなか大事なところであります。

そして「映画には何が映っているのか」という問いに対しては、前回のエントリーと思いっきり矛盾しながらもw、「映画には、目に見えるものだけではなく、登場人物の感情、状況、映画監督のメッセージなどが、画面上に存在するものを通して映っている」と答えることになるでしょうか。

「目に見えないものは存在しない」ということを前提としておき、解釈の危険性を認識しつつ、今回お話したように画面に映っていないものを読んでいく、というのが映画学の基本的な姿勢になるんじゃないかなーと自分は思っています。




9月22日補足

このエントリーに関して、もやさんから以下のような質問をいただきました。

ガリガリ博士のガリガリって?(笑)

前回の表現主義のお話、分かりやすいエントリーでようございました。

あのですね、表現主義がもとになって作られた、映画とか絵画とかが表現する「内面の感情」には、例えばどんなものがあるんですか。内面の感情を連続して目に見えるもので映すのでしょう。

ワタシ的にはその感情は殆ど、マイナスな感情であるような印象があるのですが…。よくわかんないけど、皮肉とか悲しみとか絶望とか?(ムンクで表されている様に。)だから、プラスの感情が表現されたものってあまり聞かない気がします。

もやさん興味深いコメントありがとう。そうだねー、確かに一般的に表現主義に表されているものはネガティブな感情が多いような気がするなぁ。これは俺の個人的な印象でしかないけど、やっぱり表現主義の祖と言われるゴッホがそうだったように、当時一般的であった技法を捨てて表現主義、つまり内面をキャンバスに吐き出すような技法を選んだ人間っていうのはさ、精神的物質的に満たされた人間よりも、何か苦悩を背負った人間、それか時代の不安を感じ取ることができた人間なんじゃないかなと思います。第一次世界大戦へと流れ込んでいく、ヨーロッパの不安定さも表現主義には関係している、とよく言われるんだよね。あんまり芸術家個人の人格や状態をその人のアートにストレートに結び付けすぎるのはExpressive Fallacyと言われて、よくないこととされているのだけど、表現主義においては、やはり何らかの関係があるように個人的には思います。

ものすごく抽象的な言い方になるけど、内面の感情が内面と外面の境を壊して外に出て行くっていうのはすごくエネルギーの必要なことで、それはやっぱり満たされた人間の中には生まれないエネルギーだったんじゃなかろうか。「カリガリ博士」も第一次世界大戦後の、精神的物質的に破壊されたドイツで生まれたものだしね。

あと「表現主義で表現されている感情にはどんなものがあるのか」、という問いには、なかなか答えづらいと思います。もちろん「絶望」「不安」という風に、言葉に表すことはできるけど、結局のところ、言葉にあらわすことができるような感情であれば、その感情をそれとわかるように表現すればいいわけじゃないですか。言葉であるってことは、同じ言葉を話す他人と共有してる概念だ、ってことだから。でもムンクとかゴッホとかあとは、例えばシーレなんかの絵を見ても、それは色んな感情が入り混じった、言葉では表現できない感情が、言葉では表現できないが故にビジュアルなものとして表現されているように思います。

あ、そういえば表現主義的でネガティブじゃないものといえば、エミール・ノルデの絵があるかな。
こんなの↓
nolde-wildlydancingchildren.jpg
正確な邦題は分からないけど英題がWildly Dancing Childrenということで、「激しく踊る子供たち」ですかねぇ。1909年の作品。これはポジティブな感情が絵を支配しているように見えますね。
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして。
タカさん、はじめまして。lunatiqueと申します。私のブログにアクセスしてくださり、どうもありがとうございます。
さて、私のブログ、現在なんとなく犬童一心特集のような感じになってますが、好きな監督はブニュエル、ブレッソン、パゾリーニです。
ちなみに好きなコミック作家は吉田秋生です。
映画学のブログがんばってくださいね♪
   *   *   *
1920年代のベルリンでは、実は私はクロール・オーパーという歌劇場の運動に興味をもっているんですが、これと表現主義映画のかかわり合いというのもおもしろそうなテーマですね。
   *   *   *
リンク・フリーとありましたので、私のブログからリンク貼らせて頂きます。どうぞ宜しく。
2005/09/14(水) 16:18:07 | URL | lunatique #tmBa20pk[ 編集]
はじめまして。
Lunatiqueさんはじめまして。アクセス&書き込みありがとうございます。

ブニュエル、ブレッソン、パゾリーニとは濃いですね!巨匠ぞろいじゃないですか。そこらへんは、僕もとても好きです。あとベルイマンとか、アントニオーニとか好きですね。

吉田秋生は不勉強で知らないのです・・。ごめんなさい。

ブニュエルはこのブログではよく出てくると思いますよ。「アンダルシアの犬」と、あとシュールリアリズムの文脈でとりあげると思います。ブレッソンとパゾリーニは2、3年生のコースをこのBlogでとりあげる余裕があれば出てくると思います。一年生のコースではまだ出てこないんですよね・・

それと、Lunatiqueさんが書いていらっしゃった「クロール・オーバー」ですが、もしや「クロール・オペラ」(Kroll Opera)では?「クロール・オペラ」であれば、ワイマール・ドイツの文化政策の中で、なんか重要な役目を担っていた劇場だったように記憶しています。よく知らないですが・・・。でも20年代のドイツは僕もすごく興味があります!

リンクありがとうございました。ぜひまた遊びに来てくださいね!よろしくお願いします。
2005/09/14(水) 17:01:22 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
パゾリーニのことなど
タカさん、こんにちは。
今の人は、パゾリーニというと『ソドムの市』あたりを思い浮かべて、なんかグロいというイメージをもつんじゃないかと思いますが(笑)、私の場合、高校に入って、本格的に映画をみだした年に、パゾリーニ映画が三本(『テオレマ』『王女メディア』『豚小屋』)公開されましたので、その影響が強いのです。
でもブニュエルやブレッソンの作品は田舎(タカさんの故郷・宮城県の隣りの山形県)ではみれなくて、それで大学は東京の大学にしようと思ったんですね。
それから10年間ぐらいが、私が一番一生懸命映画をみた時代でして、その後はあまりみてません。で、最近の新しい映画のことはよく知りませんから、いろいろお教えください。
   *    *    *
ところで、クロール・オーパー=クロール・オペラです。この辺のことは、最近『ベルリン三大歌劇場』(菅原透、アルファベータ)という本が出て、1920年代の音楽界の動向はこれでよくわかるようになりました。
こうしたベルリンの動きをブニュエルなんかが活躍していたパリの動きと比較すると、1920年代といっても、簡単にひとくくりにはできないいろいろな芸術運動があったんだなあという気がしてきます。
2005/09/15(木) 02:54:07 | URL | lunatique #tmBa20pk[ 編集]
なるほどー
lunatiqueさん、書き込みありがとうございました。Lunatiqueさんの、犬童一心作品のレビュー、とても興味深いです。

そうですねー。パゾリーニというと、確かに「ソドムの市」とか「デカメロン」なんかが一般的には知られている感じですが、僕もポエティックというか、リリカルなパゾリーニの印象の方が強いかなぁ。あとは映画の理論家としてのパゾリーニですね。パゾリーニについてはホントまだまだ知らないことだらけですが・・。

新しい映画については、僕も弱いです(笑)。仮にも映画の話をしてる人間がこんなんじゃダメなのは承知なんですがね・・・。

クロール・オーパー=クロール・オペラでしたか。いやいや失礼しました。僕はDadaにも興味があって、あちこちで展開されていたダダの中でもベルリン・ダダはかなり面白いなと思っていたんですね。ヨーロッパ全体でみると、ダダのエネルギーはシュールリアリズムへと昇華されていくようですけども、20年代のベルリンというと、ドイツ表現主義映画の他にもそんな関連でも興味があります。あの時代はすごくエネルギーがありますよね。
2005/09/15(木) 05:52:55 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
黙示録的都市
1920年代のベルリンというと、なんかとても「黙示録的」な感じがするんですね。パリ(フランス)は第一次大戦の戦勝国だから、そんな深刻な危機感のようなものが感じられない。
1920年代のパリのシュールを同時期のベルリンの文化運動と比較すると、なんとなく変革のための変革じゃないかとという気がしてしまうんですね。
これと関連して、長いですけど、最近ちょっと気になっている文章引用させてください。
   *    *    *
「1918年にドイツが経験した精神の危機は、1945年のそれよりもいっそう深刻であった。(中略)1918年の状況も破局的ではあったが、しかしその破局たるや、落ち着いた自然的歴史的背景を残してくれた(ドイツは物質的にはほとんど無傷だった)だけではなく、ヨーロッパ文化の自己破壊やその連続性の事実を反省や感情に課題としてつきつけるといった性格のものであった。国家という枠組が存続し、大学や文壇の慣習も存続していたので、混乱状態についての形而上学的・詩的な論究をおこないえたのである。
 この論究から、西洋の思考や感情の歴史のなかでかつて産み出された他のいかなる書物とも異なる書物の星座が発現してきた。1918年から1927年までのあいだ、わずか9年間に、その分量と様式の極端さから書物以上の書物とも言うべきものが半ダースもドイツに出現してくるのである。エルンスト・ブロッホの『ユートピアの精神』の初版の発行が1918年である。オズワルト・シュペングラーの『西洋の没落』の第一巻も同じ年。カール・バルトによる聖パウロの読解である『ローマ人への手紙』注解の最初の版の発行の日付が1919年。続いて、フランツ・ローゼンツワ゛イクの『救済の星』が1921年に出される。マルティン・ハイデガーの『存在と時間』の出版が1927年。次の六番目の書名がこの星座に属しうるものかどうか、もし属しうるとすればどのようにしてかは、もっとも困難な問題の一つである。その『わが闘争』の二巻本がそれぞれ1925年と1927年に世に出るのである。
 大ざっぱに見て、これらの著作に共通するものは何か。これらはすべて大冊である。これは偶然ではない。それは、これらの著作が(ヘーゲル以後に)全体性へ向かおうとするいやおうない努力、たとえば出発点が特殊な歴史的ないし哲学的レベルに属する場合にさえも、利用可能なすべての洞察の集大成を提供しようとする企てだということを告げているのである。これらの著者たちの執拗な冗長さは、まるでドイツ文化と帝国の覇権がつくりあげた広大な建物が崩壊してしまったあとに、今度は言葉の広大な建物を構築しようと努めているかのようであった。これらは予言的著作であると同時にユートピア的著作であるしーー薄暮のユートピア、歴史の重荷からのnunc dimittis [別離]のユートピアがシュペングラーのもとで顕在化してくるのと同じ程度に、約束のユートピアがブロッホのもとで顕在化してくるーー、すべての真正な予言がそうであるように、失われた理想を回顧し記念する著作なのである。(中略)
 これらの著作は、作為的な意味もふくめて、ある意味で黙示録的である。それらは「この世の終わりをしるしづける最後の出来事」に訴えかけているのだ。」(ジョージ・スタイナー『マルティン・ハイデガー』、生松敬三訳、岩波書店)
2005/09/15(木) 06:38:06 | URL | lunatique #tmBa20pk[ 編集]
カリガリ博士の画を見るのは久しぶりだったので、懐かしさを感じながら読みました。すごくインパクトがある作品ですよね。

映画ってのは写真と同じように「現実感」が極めて強いメディアです。一応「現実の風景をそのまま写し取る」ということで(これは単純に「そのまま」とは言えないのですが・・)、絵画のような描かれたイメージよりも遥かに現実に近く、その現実感が映画の大きな特徴になってきました。

の下りについて、一言コメントさせてください。
基本的に映画の原点として、それがなんであれそこにある目に見えるものを単に切り取ると言う行為に意義を見出すリアリズムと映画(動画&故に編集・操作ができる)媒体の表現幅にチャレンジするフォーマリズムという対極的(ベクトルで言えば正反対)な2項対立的要素があると思います。写真などは前者に近く、絵画芸術などは後者に近いのではないでしょうか。媒体の持つ可能性を模索する上でアートムーブメントに常に映画も表現媒体の一つとして取り込まれたのだと思います。ダリなどが映画にコミットしたのもよくわかります。そういう意味では、カリガリ博士は絵画的フォーマリズムと言えるかもしれませんし、「天は全てを許し給う」のテレビ画面を使った表現などは比較的映像的フォーマリズムと言えるのではないでしょうかね。
ここら辺が少しはっきりしていれば、他にされている詳細な議論がより映えるのではないかなと思いまして差し出がましいとは思いましたがコメントさせて頂きました~。

あと、記事内容とは関係ないかもしれませんが、カリガリ博士やメトロポリスなど表現主義映画を見ると何が網膜に焼きつくって、役者のメークだったりもします。セット的にもすごく舞台風に仕上げられているので、演劇的メークということもあるんでしょうが、現実社会当時コスメティックな世界にも表現主義ってのは投影それていたのでしょうかね?
2005/09/16(金) 02:48:36 | URL | Depper #hJZqYFTY[ 編集]
すみません・・・
LunatiqueさんDepperさん、とても興味深いコメントありがとうございました。ゆっくりお返事を書きたいのですが、現在一時的に多忙でありまして、ちょっと時間がとれない状態です。もう少しお待ちくださいませ。ぜひこれからもコメントお願い致します。
2005/09/16(金) 18:44:34 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
Re;黙示録的都市
lunatiqueさん頂いたコメントへの返信が遅れてすいませんでした。

まず最初の部分;

パリ(フランス)は第一次大戦の戦勝国だから、そんな深刻な危機感のようなものが感じられない。1920年代のパリのシュールを同時期のベルリンの文化運動と比較すると、なんとなく変革のための変革じゃないかとという気がしてしまうんですね。

という部分は僕も少し勉強しただけですが、同じような印象を持っています。20年代ベルリンの文化運動と言われてとりあえず浮かぶのは20年代初頭、ベルリン・ダダの異様なまでの攻撃性、政治性でしょうか。ハートフィールド、グロース、ハウスマンといった人達のアートは、同じダダという名前で括られていながら、チューリッヒ、ニューヨーク、パリなど他の都市でのダダイズムとは明らかに性格を異にしていたように思います。それはやはり1918年にチューリッヒからベルリンへ帰ったフエルセンベックが余りの状況の悲惨さにショックを受けたことからも分かるように、他のヨーロッパの都市とは比べ物にならない切迫した状況があったのでしょうね。例えばチューリッヒ・ダダが最後まで「アート」という枠組み、考え方を捨て去れなかったのに比べると、ベルリン・ダダは、目の前の政治的、精神的課題を克服するための「ツール」としてアートを見ているだけで、それは別にアート、芸術として存在価値を有している必要はなかったのではないでしょうか。やはりそれは敗戦国の危機感だったのだと思います。

そして1924年から始まるパリのシュールリアリズムは、後にバタイユに批判されたように、切実な危機感からの文化運動とは言い切れない部分が多々ありますよね。ブレトンの「ナジャ」を見ても分かるように、自己のアイデンティティについての問いや迷いを含む、極めて青年的な、悪く言えば「甘ったれた」要素は含まれていたと思います。

ジョージ・スタイナー「マルティン・ハイデガー」からの引用の部分に関しては、読んだときにドイツ表現主義の映画たちのことを考えました。全てセットとしてつくられ、過剰に演出された空間の中で展開するドイツ表現主義の映画は、もし映画の一つの本質を人口の世界、人口のストーリーとするなら、人工物としての映画を極限まで推し進めた形態であると言えるかも知れません。ですから表現主義映画というのも「国家の誕生」(1915年)をはじめ、アメリカでグリフィスが登場して映画があからさまなファンタジーからリアリズムへとシフトしていく課程での「失われた理想を回顧し記念する著作」たちであったのかも知れないですね。
2005/09/18(日) 18:08:34 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
>Depperさん
こちらもコメントの返信が遅れてすみませんでした。

基本的に映画の原点として、それがなんであれそこにある目に見えるものを単に切り取ると言う行為に意義を見出すリアリズムと映画(動画&故に編集・操作ができる)媒体の表現幅にチャレンジするフォーマリズムという対極的(ベクトルで言えば正反対)な2項対立的要素があると思います。

とここでDepperさんが述べられている二つのベクトルは僕も常に考えているところではあります。ただ、なかなか「映画学を紹介する」、という枠組みの中では自分が納得するかたちでは語れないんじゃないかなー、というのが正直なところなのです。

それは、「目に見えるものを切り取る」という一見無作為的な行為が、いかに見ている人間の主観や意識的、無意識的な作為によって操作されたものであるか、というところをはっきり語らないと、「リアリズム」があたかも「リアルそのもの」であるかのように受け取られてしまうのではないかな、という心配があるからなんですね。

また写真や絵画にしても、確かにDepperさんがコメントでおっしゃっていたような要素はあるにしても、写真の歴史は「写真というのは目に見えるものがそのまま映っている」という考え方との戦いの歴史であったということもできると思いますし、絵画の方も、例えば印象派に至るまでの絵画の流れはフォーマリズムよりもリアリズムに近かった、ということができるでしょう。だから、なかなかはっきりと言えないところがあるんじゃないかなと個人的には思うわけです。

二項対立的な考え方は便利ではありますが、危険なところも多分にあると思うのです。特に映画学に入っていく、ということを考えた場合、フォーマリズムとリアリズムというのは、二項対立の両極というよりも、連続している二つの要素、くらいに考えていた方がいいと思うので、そこらへんはもう少し曖昧なままにしておこうかな、と(笑)。僕にきちんと説明するだけの力量があるのが一番なんですがね・・・。

とても建設的なコメントありがとうございました。またよろしくお願い致します。
2005/09/19(月) 18:03:56 | URL | タカ #6SWgxDAM[ 編集]
ベルリンとパリの温度差
タカさん、こんにちは。
他人の本を引用しただけのコメントに丁寧なRESどうもありがとうございました。
シュールとは少し距離感があるかもしれませんが、ジャン・コクトーのことなんかを考えると、1920年代のパリの芸術運動は、(作品の良し悪しを別にして)個人的な問題に終止しているという感がありますね。

え~、それから吉田秋生ですが、映画とのかかわりでいうと、『櫻の園』(中原俊監督)、『ラヴァーズ・キス』(及川中)の原作者です。『櫻の園』はみましたが、『ラヴァーズ・キス』はどうせだめだろうと思ってみませんでした(^^;)。
『ラヴァーズ・キス』は、原作の構成が完璧すぎるのです。
2005/09/21(水) 00:23:43 | URL | lunatique #tmBa20pk[ 編集]
>lunatiqueさん
アンドレ・ブレトンの「ナジャ」の最初の一文は「Who am I?」、つまり「私は誰?」という問いであって、「ナジャ」という女性はブレトンにとって自己発見の手段のように使われている節がやはりあります。コクトーについてはよく知らないのですが、lunatiqueさんのおっしゃるとおり、個人的な問題に終始しているところはありますね・・・。

吉田秋生については、「ラヴァーズ・キス」を友達から熱烈に薦められていたことがありました。そうかあれが吉田秋生だったのか。今度古本屋で探してみます。
2005/09/21(水) 15:03:23 | URL | タカ@映画学メモ #6SWgxDAM[ 編集]
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