映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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ちょっとだけ映画学 === ゾンビはどこからやってきた? ===
年度始めということで、だいぶバタバタしてましたがようやく落ち着いてきました。新しい寮の部屋もやっと人が住めるような感じになりましたよ。

というわけで、ふたたび「ちょっとだけ映画学」、今回はホラー映画のお話です。「ゾンビはどこからやってきた?」なんて副題つけちゃいましたが、ゾンビだけの話ではなくてですね、ホラー映画全般について、「モンスターとは何なのか」という話です。
20051008024936.jpg
映画学入門で言うと、
第14回
テーマ:「ジャンル」という概念とその基礎
教材:ゾンビ/ディレクターズカット完全版 (1978) ジョージ・ロメロ

にあたる部分ですね。映画学では「ジャンル」という概念がとても大事になってくるのですが、そのケーススタディとしてホラーを扱うわけです。ケーススタディと言っても、メロドラマとかミュージカルとか西部劇とかSFとか、ジャンルごとに研究の仕方は変わってくるので、ケーススタディともちょっと違うのですが。



さて、ホラー映画についての研究・議論の中で一つの中心になってくるのが、やはり「モンスター」の存在なわけです。基本的にホラー映画にはモンスターが出てきますね。それは人間だったり人間じゃなかったり、かたちがあったりなかったり、単体だったり集団だったり、でも何か、主人公に脅威となる存在として「モンスター」が出てくるわけです。

そんなホラー映画とモンスターについての理論たちの中でも特に有名な「抑圧の回帰」論(Return of the Repressed) という理論を今回は紹介しようと思います。Robin Woodという人が唱えた理論で、前にもちょっとお話したフロイトさんの精神分析がベースになっています。でも精神分析についての知識がなくても楽しめる(?)理論です。

この理論は簡単に言うと、ホラー映画のモンスターは、その社会の意識の中で集合的に抑圧されているものがかたちになって現れたものだ、という理論です。もちろん「抑圧」と一口に言ってもそこには様々な種類の抑圧がありますし、モンスターの中にある社会的な抑圧は一つではないかも知れません。ただ、何かしら自分達が無意識のうちに考えないように、見ないようにしているものがホラー映画におけるモンスターの根源だ、とWoodさんは言うわけです。
wood.gif
噂のWoodさん

たとえばゾンビですが、ゾンビというのは、生きている人間の肉を食べなければ生けていけない(ゾンビが「生けていけない」ってのも変ですが・・)存在です。これはつまり他人を犠牲にしないと存在し得ない、ということですから、普段社会的規則や制約に従いながら、なんとか他人と上手くやっていこうとしている僕らの心の暗い部分(それこそ無意識の部分)を映し出したものだ、という風に見ることができます。文字通り「みんな他人を食い物にしないと生きていけない」という普段僕らが生きている社会では抑圧されている考え方をゾンビが僕らに突きつけるわけです。

またゾンビは、「ゾンビのようだ」という言い方があるように、社会の中で人間らしさ(人間らしさ、ってのも危険な言い回しですが)を失ってしまった僕らの姿を鏡のように映します。例えば毎日同じことの繰り返しで、決められたことだけをこなしていく「普通の」人間とゾンビってどのくらい差があるのだろーか?というようなことですよね。僕らはみんな、「生きている実感」なんて欲しがったりしますが、そういう僕らの生活の不安な部分もゾンビは突きつけてくる、と言えるかも知れません。

というわけで、ホラー映画のモンスターというのは、僕らの中で無意識に、集合的に抑圧されているものがかたちになって現れたものだ、という「抑圧の回帰論」の大まかなところをゾンビを例にとってお話してみました。やっぱモンスターといっても色々いますので、もう一回くらい、別なモンスターについて書いてみようと思っています。
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コメント
この記事へのコメント
好きです。ゾンビ。初コメント。
久しぶりに来ました!ゾンビは他のモンスターに比べて格下っぽい所がいいですね。どこからともなくやってきて増殖しまくる所もステキ。ゾンビものは他のホラーと比べてスケールが大きいところも好きです。個人的には、世界の終末!みたいな感じで解決策がないまま終わるバッドエンディングが好きですよ。ロメロもいいですがダニー・ボイルの28日後が気に入ってます。一番好きなゾンビはトレインスポッティングのレントン(ユアン・マクレガー)です(←違)
2005/10/08(土) 18:42:50 | URL | ヒカリ #-[ 編集]
おー初コメントだ
書き込みありがとー。

ゾンビはもちろん俺も好きです。まぁ一体一体がすげー弱いから格下っちゃ格下なんだけど、ヒカリも書いてたように世界をまるごと呑み込んじゃうあたりはむしろ格上?みたいな感じがするよね。他のモンスターは、あくまで「日常」とか「通常」に対する他者・異物だけど、ゾンビ映画ではゾンビがスタンダードになって、主人公たちが「他者・異物」、っていう雰囲気がある気がします。そういう意味でも、ゾンビって僕らそのものなんじゃないか、っていうニュアンスあるよね。うちらの社会をそのまま映すというか。

レントンもゾンビでカウントしていいっしょw
2005/10/09(日) 11:01:16 | URL | タカ@映画学メモ #6SWgxDAM[ 編集]
ゾンビはウィルスのように増殖するところがミソですね。それも私たちが日頃持つウィルスの脅威への不安や恐怖が反映されているのでしょうか。だもので、もし噛まれたら自分もゾンビになっちゃうというところが他のモンスターものと違うところというか、ビジュアルスリルでしょうかね?個人的には「Shaun of the Dead」を見て、存分に笑ったというのは置いておいて、ゾンビジャンルも次のステージに移行だなと思いました。あと、キョンシーはゾンビジャンルですかね?
2005/10/10(月) 00:35:27 | URL | Depper #hJZqYFTY[ 編集]
増殖するゾンビたち
Depperさんこんにちは。

そうです、ゾンビは増殖するんですよねー。その点から見ても、普通のホラー映画においてはモンスターがあくまで「他者かつ非日常」で、それを「自己・日常」から駆逐するということが物語をつくるのに対して、ゾンビ映画は「他者・非日常」と「自己・日常」の境界が曖昧になっていくことが主題になっているように思います。

Shaun of the Deadは僕も大好きです(笑)
たまらんですよね、あれは。

キョンシーは、実は僕見たことないので分かりません。。。イメージはあるのですが、うーん、ゾンビなのかなぁ。
2005/10/10(月) 23:36:46 | URL | タカ@映画学メモ #6SWgxDAM[ 編集]
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すんごいお久しぶりのコリンです。先日、ほぼ3ヶ月ぶりにようやく劇場に足を運ぶことができ、公開終了間近の『オーメン』を鑑賞してきたので、そのレビューをば。さてさて、『オーメン』ですが、こんなの→とか、あんなの←まで出てきてびっくり。結構楽しませてもらいまし
2006/07/01(土) 19:15:49 | フィルム・アカデミア
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