映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
201706<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201708
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
映画学入門 Week 3 (その2)
Week3(その1)のつづきでーす。



2、「継続的編集」(Continuity Editing)とは?

そしてもう一つ、グリフィスの話をする前に押さえておかなければいけないキーワードがありまして、それが「継続的編集」(Continuity Editing)です。これもできれば日本語に直したいのですが、ちょっとピンとくる訳語がないので、Continuity Editingと書きますね。Continuityは、continueとかと同根の言葉で、「連続すること・継続すること」、editingは「編集すること」ですね。

このContinuity Editingというのは、映画学の中でもっとも大事な概念の一つ、と言っても差しつかえないくらい大事なものなんですよー。
20051031173325.jpg
ジャック・ブラック先生




この概念は一言で言うと、「映画を映画たらしめているもの」と言えるかも知れません。ただこの場合の「映画」ってのは実験映像とか一部のアートシネマとかを含まない、いわゆる一般的な商業映画のことですよ。そんで、このContinuity Editing、何が「継続・連続」しているのかというと、「観客が映画を見ている間ずっと映画に没頭して、映画の世界に入り込んでいる」ということが継続・連続しているんですね。映画に没頭して、その世界に入り込んでいるからこそ、普段ありえないようなこともそういうものとして受け止めることができるし、自分と関係ないような主人公の気分になって、彼や彼女の体験に泣いたり感動したりできるわけじゃないですか。Continuity Editingというのは、この観客が映画に没頭している状態を壊さないように映画を進めていくテクニックのことです。

もしこの「映画に没頭している」という状態がなかったら、それはどういう状態かと言いますと、基本的に映画を見ながら「ハッと我に返る」という状態になるわけです。そうすると、今僕らが見ているような物語としての映画はその効力を失ってしまいますよね。例えばスターウォーズを見ていて、映画に没頭している時は目の前に宇宙があって、スターウォーズの世界が広がっている。でも、例えば映画館の中で誰かの携帯が鳴ったりして我に返ると、そこは映画館なわけじゃないですか。今まで宇宙が広がっていたのはただの大きな白い幕で、自分がいるのも大きな暗い部屋に過ぎない。そうしたら主人公の冒険に感動したりハラハラしたりすることって難しいですよね。まぁこういう感じ方はもちろん個人差があると思いますが、大雑把に言ってこういう感じを受けることってみんなあると思います。

Continuity Editingというのはこの「没頭している」という状態を、映画の中から、映画を作っていくうえで壊さないようにするものです。具体的には映画を組み立てている「編集」というものの存在を観客に意識させないということがContinuity Editingの仕事になります。普通の映画っていうのは、何百という細かいショットがつながってできています。でもフツー僕らは映画を見ていてショットが人工的につなげられていること、映画というものが編集されていることを意識しませんよね。映画に没頭するためには、映画の中の世界が一つの独立した世界として現実感を持たないといけないわけですから、その沢山のショットたちが一つの統一された「映画」というものになるために、編集というものの、つまり、ショットとショットがつながれている過程というのは隠されなければいけないというわけです。

例えば、Continuity Editingの代表的なテクニックに180度ルール(180 degree rule)というのがあります。これは何かと言いますと、まず二人の人間が会話してる場面があるとするじゃないすか。
こんな感じ↓に
20051031195222.jpg
AさんとBさんが会話しているとしますよね。

んで、この二人の配置を真上から見た図を考えてですね、AさんとBさんの位置を結ぶ線(C)ってのをちょっと考えてみます。
こうですね↓
20051031195629.jpg

んで、こうやって見てみますと、一番最初のAさんとBさんが横から描いてあるのを映画の一ショットとしますと、カメラは大体(D)の位置にあることになります。Aさんが左、Bさんが右に映る場所ですもんね。
20051031195931.jpg
そんで、180度ルールってのは、(C)の線を中心とした360度
20051031200157.jpg
この図で丸くなってるのがそうですね。実際はこの丸だけが範囲ではなくて、カメラがどんだけ遠くても含まれます。この場合の(D)も入っています。この360度のうち、どちらか180度側から一回撮ったら、つまりこの場合こっち側ですね↓
20051031200647.jpg
どちらかの180度から一度撮ったら、もう反対側の180度から撮ってはいけないんです。つまり
20051031200924.jpg
この図のE,F,G,Hといったポジションから撮ってはいけないわけです。

なぜか。

それは例えばFの位置から撮ると、このような↓ショットになってしまうからです。
20051031201155.jpg
Fのポジションから見ると、(B)が左で(A)が右になるじゃないですか。つまり、一番最初に出てきたショットと逆になってしまうんですね。これは、もちろん話が分かりづらくなるっていう側面もありますが、それよりも観客の頭の中に混乱を生じさせて、「我に返して」しまうということが考えられます。つまり、それまでボーっと話を追いかけていたのに、とつぜん登場人物二人の位置関係が逆になるから「ん?あれ?二人は場所を取り替えたのかな?」とか「場所を変わったのかな?」とか「物語の中の時間が進んだのかな?」とか、まぁ場合によって違いますが、そういう風に編集というものの存在を意識させてしまって、映画に没頭している状態を解除してしまうわけです。そうすると、さっきも書いたように物語に入り込んで主人公の気持ちになる、という効果が弱まってしまいますから、映画そのものの力も弱くなってしまうんですよね。

なので、180度ルールというのをもういちどまとめますと、登場人物同士を結んだ軸の片側にカメラを固定(その同じ片側でカメラが動くことはあります)することで、登場人物の位置関係や、その空間との関係を安定させ、観客が映画に没頭している状態を解除しないようにするテクニック、ということができます。これがContinuity Editingの一例ですね。

ちょっとContinuity Editingがどんな感じか分かりましたでしょうか。これは突き詰めていくととても深い理論というか、考え方で、僕もホントに基礎の部分しか分かってないんですけどね。でも、基礎の部分だけでも大事なとこなので、なにか疑問がありましたらぜひコメント欄ででもご質問ください。



さて、グリフィスのところまで戻ってきますと、こういったContinuity Editingという考え方もテクニックもグリフィス以前には体系として存在してなかったんですね。Week3(その1)でも触れたように、初期映画は演劇に近く、今の映画のように映像に没頭する、という要素は薄かったわけです。編集の過程とか操作もぜんぜん隠されていませんでしたからね。一つ一つの技術とかは存在はしていたんですがバラバラでありまして、それらをつなぎ合わせ洗練して、Continuity Editingを基盤とした現代の映画の原型を作り上げたのがグリフィスということになります。

では、(その3)につづきます。

スポンサーサイト

テーマ:映画 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント
この記事へのコメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2013/11/22(金) 08:45:52 | | #[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2017/04/29(土) 10:08:26 | | #[ 編集]
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。