映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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映画学入門 Week 5(その1)
映画学入門 Week 5

「戦艦ポチョムキン」とモンタージュ


嵐の20年代シリーズ、今回は「戦艦ポチョムキン」、ソビエト連邦のお話です。
potemkin.jpg
戦艦ポチョムキン 1925年
セルゲイ・エイセンシュタイン監督

アメリカにおいてグリフィスはContinuity Editingを通して時間・空間的に統一された空間を、ドイツにおいて表現主義映画は特殊なメゾンセンを通して人間の内面の視覚的表現を模索してきました。か~なり大雑把な言い方ですが。っていうかグリフィスもカリガリも20年代じゃないし!まぁこれらの動きが一般に浸透して表面に出てくるのが20年代であります。この大体同じころに、ソビエト連邦では何が起こってたんじゃー、って話ですね。

もんのすごい荒っぽい言い方をすると、「モンタージュ」という編集技法を通して、新たな映画の組み立て方が模索されるわけです。

今回の内容は次のような感じです。
1、編集と、モンタージュについての基本的な定義
2、「戦艦ポチョムキン」を歴史上の文脈に位置づける
3、エイゼンシュタインとモンタージュ



1、編集と、モンタージュについての基本的な定義

というわけで今回はさわりだけでして、映画学における編集とモンタージュについての定義です。なかなか普段は意識しないものなので、映画において、また映画学においてどーいう風に定義されてるか、ってのは結構大事だと思うんですよね。

Bruce F. Kawinという人の「How Movies Work」という本では、「編集」というものは次の様に説明されています。僕の解釈になってしまいますが、ここでは「モンタージュ」という言葉が「編集」と同じ広い意味で使われていたので、「編集」に換えてあります。

映画において「物語を語る」ということは、その出来事をカメラの前で演じる・起こす・見せる、というだけではない。物語というものの多くの部分は映画というメディアの中で語られるのではなく、映画というメディア「によって」語られるのである。それは映画というものの仕組みが意味を作り、物事の関係を語るということに他ならない。ショットというものが映画というシステムの中での基礎的な一つの単位となり、そのショットの中で様々な要素が一定の意味をなすように配置される(メゾンセン)。そして複数のショットが一続きのものとして組み合わされたときに、その「組み合わせる」という行為自体が映画的な意味をつくる(編集)。メゾンセンとは空間的なものであり、編集は時間的なものと言える。

まずここで大事なのは、映画の意味や物語は目に見えるものだけがつくるわけではなくて、引用文の中で言う「映画というものの仕組み」がその多くの部分を形作っていく、ところですね。ここで言われている「映画というものの仕組み」とは例えばカメラの使い方やメゾンセン、編集など諸々を指しています。

そしてもう一つは「編集は時間的なものと言える」という最後の部分です。これってまぁ当たり前と言えば当たり前のことではあるのですが、しっかり意識しておかなきゃいけないことで、別な言い方をすると映画的時間というものは編集がつくるということになります。つまり、一番単純な例をあげると、物語として三年間の物語であっても、映画としての長さは2時間くらいになるわけじゃないですか。そこは映画というものが編集されて、僕らが普段生きている時間とは違う「映画的時間」というものがあるわけです。他にも、例えば主人公の上に大きな岩が落ちてくる、というシーンがあったとするじゃないですか。これで現実だったら、岩が落ち始めてから主人公のところに落ちてくるまで5秒くらいでしょう。テキトーに言って。でも、映画だったらその5秒の間に10分くらいのエピソードが挟まったりしますよね。主人公の心理、他の登場人物の描写などなどで。カンケーないですが、キャプテン翼のアニメを見ても、翼君たちは10分くらいずーっと空飛んでたりするじゃないですか。これも映画的時間の例です。

基本的に映画的時間がそのまま物語の中の時間、ということはないですから、映画的時間をつくる編集、というものがとても大事になってくるわけです。

そしてモンタージュについての最も基本となる定義は、これも同じ「How Movies Work」では次のように説明されています。

映画というものが複数のショットによって組み立てられていれば、必ず編集というものが存在することになる。そして一つのショットがその前のショットと単純に繋がるわけではなく、その組み合わせが何らかの意味をダイナミックに形作る場合、それはただの編集ではなく「モンタージュ」と呼ばれる。

・・・僕の訳が拙いこともあってちょっとこれはわかり辛いかも知れません・・・。が、モンタージュについては次の次の回にあたる「エイゼンシュタインとモンタージュ」で詳しくやる予定であります。



というわけで今回はモンタージュというものを扱うに当たっての、基本となる考え方についてでありました。表現主義映画なんかであれば一応写真であっても目で見えるんでいーんですが、編集というホントに映画の中でないと機能しないものの話となるとやっぱり難しいなぁと思っております。

次もまだ「戦艦ポチョムキン」そのものの話ではないのですが、もう少しお付き合いくださいませ。ポチョムキンを語る際に欠かせない、1910年代、20年代のソビエトについてであります。

ではでは。
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テーマ:映画 - ジャンル:学問・文化・芸術

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住民票と30代,40代の転職
住民票とは、ある人が居住している自治体に登録している氏名・生年月日・性別・続柄・住所・本籍地などが記載された書類 http://abstact.sentesag.com/
2008/12/07(日) 10:33:02 | URL | #-[ 編集]
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