映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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イタリア・ネオリアリズムものがたり Week0(その1)
どうもみなさま。

jikanneeyo.jpg
久しぶりに登場:時間ねーよ犬

色々と細かいことで忙しくしていたのでした・・・
さて、映画学入門の方もあんま進んでないのですが、前々から予告していたイタリア・ネオリアリズムの方もちょっとずつ進めていこうと思います。



イタリア・ネオリアリズムものがたり 第0週

軽く歴史のお勉強


ということで、ネオリアリズムについてコースの内容を追っかけていく前に、ネオリアリズムがはじまる1940年代後半に至るまでの、イタリア映画産業(とイタリアの歴史)を軽くお勉強してみましょう、というのが今回の趣旨でございます。歴史なんでだいぶ色気のない話になっちまいますが、やっぱ文脈って大事ですからね。まぁ歴史的にそんなに遡るわけじゃぁありません。

今回参考にした、というかほとんど写すのはPam CookとMieke Berninkという人が編集した映画学入門書の定番「The Cinema Book 2nd Edition」であります。
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Pam Cook and Mieke Bernink (編集)
「The Cinema Book」




さて、

他のヨーロッパの国々と同じように、イタリアの映画産業は第一次世界大戦の直前に黄金時代を迎えることになります。それまではヨーロッパもアメリカも映画産業ではだいたい互角だったのですが、アメリカで進んでいた映画技術の革新と、第一次世界大戦によるヨーロッパの荒廃、そしてそれによるアメリカの世界経済における覇権の確立なんかを経て、ハリウッドが一気に世界の映画界においても覇権を握ることになります。

今まで映画学メモで触れてきたあたりと絡めて考えると;
1914年 第一次世界大戦勃発
1915年 D.W.Griffithの「国民の創生」
1917年 ロシア革命
1918年 第一次世界大戦終結
1920年 ドイツで「カリガリ博士」


といった感じですね。大戦前のイタリアではスケールの大きな歴史ものの映画なんかがつくられていたりして1914年の「カビリア」なんかはグリフィスやエイゼンシュタインなんかにも強い印象を与えたみたいです。「カビリア」なんかはローマ帝国時代のお話なんですが、セットや衣装、演出なんかももんのすごい派手で、当時としては相当な規模だったみたいです。

さて、さきほど触れましたように第一次大戦後になるとハリウッド映画が世界的に覇権を握ってくるわけですが、そんな中1922年にイタリアではファシスト政権が誕生します。そんで下り坂だった映画産業を立て直すために色々と介入をしていたようです。政府が映画産業に口出しし始めるのが1926年ごろからですね。あまり上手くはいかなかったようですが・・・。The Cinema BookのCookさんによりますと、この時期のイタリア映画っていうのは「ファシスト的」というよりは「イタリアという国家のアイデンティティ」を映画で表現しよう、という動きが強かったようです。ただファシストの政治的宣伝なんかはニュース映画で盛んに行われていたようでした。

この時期けっこう大事なのは、ハリウッド映画の輸入制限が行われていたことでっす。自国の映画産業を保護するために、当時すでに国際的に勢力を伸ばしていたハリウッド映画の輸入を制限したのでした。この輸入制限にも段階がありまして、まず総輸入数の制限、つぎに「メジャー」と呼ばれる大きなスタジオ(Fox、Warner、MGMなど)の映画の輸入禁止、そんで1941年にアメリカの第二次世界大戦への参戦を受けて、ハリウッド映画の全面禁止、といった具合でした。
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そんな第二次世界大戦ですが、イタリアでは1943年にムッソリーニ政権が倒れて、イタリアはナチス・ドイツの占領下に入ります。そんで同年、連合軍がイタリアからドイツを追っ払おうとしてイタリアに侵攻するわけです(ロッセリーニの「戦火のかなた」はこの時の連合軍のイタリア攻略についての映画であります)。この戦いは結局1945年の4月まで続くことになるんですね。

そして戦後。もちろんイタリアは国として壊滅的な打撃を受けているわけで、映画産業も例外ではありません。イタリアが誇る巨大映画スタジオ「Cinecitta(映画都市)」も難民キャンプにされる有様です。映画をつくる資源・物質なんかも圧倒的に足りないわけですよ。さらに連合軍としてアメリカが入ってくるわけですから、アメリカ映画産業の関係者はイタリアに、それまで禁止になっていたハリウッド映画を即時全面輸入解禁にするように求めるんですが、イタリア映画産業の関係者は自国の映画産業がある程度回復するまで全面解禁は先延ばしにするように求めたり、と綱引きがあったりします。

また政治的にも、それまで対ファシスト戦線としてまとまっていたカソリック系の勢力とコミュニスト系の勢力ですが(ロッセリーニの「無防備都市」はこのカソリックとコミュニストの共同戦線についての映画でもあります。)、イタリアがファシズムから開放された後はその後の政治的覇権を巡って抗争、とまではいかないものの政治的に分裂することになります。

つまり、ここが大事なとこなんですが戦後のイタリアはそれなりの映画文化をもちながら、産業的・経済的に見ても、政治的・イデオロギー的に見てもかなりの混沌状態でありました。この深い混沌の中から、まさにこれらの要素すべてに深く関わりながらイタリア・ネオリアリズムは生まれてくることになります。

というわけで、次回に続きます。
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