映画学メモ
日本ではまだイマイチ馴染みの薄い「映画学」なるものを、イギリスの大学から実際の映画学の授業に沿うかたちで紹介していきたいと思います。まー気楽にいきましょう。
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映画学入門 Week13(その2)
どうもですー。
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前回色々と事情がありましていきなり終わってしまいましたけども、その続きっつうことで、今回はMethod Actingって具体的にどんなことをするのか、ってとこから始めよかなと思います。Method Actingっつっても「誰のやり方のMethod Actingか(Strasberg式とかAdler式とか)」ってことでまた変わってきたりするんですが、俺もそこらへん正確には分からんですし、Method Acting全体のものとして大雑把に書いていこうと思います。



・「もの」への集中
Method Actingにおいては何かひとつの「もの」を定めて、それにもんのすごい集中することによって余計なことを忘れ、またその「もの」に関する連想から自然な演技を引き出す、という方法をとるようです。

単純な例えを出すと、別れた恋人の写真に極度に集中することによって、悲劇的な心理状態を再現したり、といった感じです。

・五感の記憶(sense memory)
またMethod Actingでは「五感の記憶」というのを重視していて、上記の「もの」として匂い、触覚、音などを選びそれに集中することでその匂いや触覚などが自分にもたらす感情をステージ上(またはカメラの前)で再現する、といった方法もとります。これはStrasbergの方法論のようですね。

・役者の「無意識」の重視
これも前のふたつと関連しているのですが、何かに集中している状態で、その役者の無意識(つまり個人的な経験や感情など)から出てくるものをMethod Actingでは大切にしようとします。ですから、いったん完全に何かに集中しきった状態になったら、後は自分の内側から自然に出てくるものを信じて演技する、という感じですね。

つまりこの三つの要素を見ても分かるように、役者の側における自発性というのがMethod Actingのひとつのカギにあるわけです。ただ繰り返しになりますがMethod Actingってのは決まった定義があるものではないので説明するのはホント難しいんスよ。もしこれを読んでいて「ここ違うんじゃねーの?」とかあったらぜひ教えてくださいませ。



☆Method Actingが意味するもの(のひとつ)

さて、こんな感じでMethod Actingについて見ていくとひとつ言えることは、Method Actingにおいてはいわゆる一般的な「演技」以上に役者の創造性や、個人的な経験・考え方というのが大事になってくる、ということです。集中や五感の記憶によって、役者個人が持っているバックグラウンドが関わってくるわけですからね。

そうすると、一般的に考えられている「監督に演技の注文をつけられて、それに従わなければいけない役者」っていうイメージとはちょっと違ってくるわけです。よくあるじゃないですか、別にセリフとか間違えたわけじゃないのに監督が「カットォォォォォォォ!」とか言って撮影止めて、「違うんだよ!俺が求めてるのはそうじゃないんだよ!」みたいな。ベタベタですが。
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写真はイメージです。

この場合「芸術家=アーティスト」としての地位は監督の方に強くあるわけですが、Method Actingを採用した場合役者の方にもアーティスト的な役割が出てくることになるわけです。別な言い方をすると監督がコントロールしきれない部分が出てくるんですよね。

今は一般的に映画監督っつうと「映画のすべてをコントロールするアーティスト」みたいな感じのイメージが強いように感じます。またWeek14のテーマはAuteur Theory(映画の作家論)ということで、まさに作家・アーティストとしての映画監督ってのをやっていくわけですが、このMethod Actingってのはその「監督=(唯一の)作家・芸術家」に対して疑問を呈する部分もあるんですよね。まさに今回のお題になっている「こわれゆく女」なんてのはその典型的な例で、カサヴェテスの映画であるのと同じくらい、ジーナ・ローランズの映画でもある、と言えると個人的には思います。



というわけで、今回はここまでであります。次回はカサヴェテスの映画について、演技とはまた違った視点から考えてようと思います。「シネマ・ヴェリテ」と呼ばれるドキュメンタリー映画の運動の影響なんかについてやってみようかな、と。

ではでは、また。

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コメント
この記事へのコメント
素晴らしいですね☆
「ちょっと調べ物を」と思い、「ネオリアリズム」で検索したら、こちらのブログにヒットしました!!私もロンドンの大学院で映画史を専攻していましたが、このブログの内容は、本当に分かりやすいし、とっても読み応えがありますね!!時間をかけてじっくり読ませていただきます☆
今後も遊びにきますので、頑張って更新してください。 
2006/03/20(月) 11:16:14 | URL | 土屋晴乃 #-[ 編集]
ありがとうございますー!
土屋さんはじめまして。

書き込みと、励ましのお言葉ありがとうございます。せっかく検索して来てもらったのに、ネオリアリズムの方はまだほとんど更新してないんですよね・・。早いとこ暇を見つけて書きたいなーと思ってるんですが、いわゆる杓子定規なネオリアリズムの解釈よりはもうちょっと掘り下げたものを書きたいなー(ネオリアリズムとしての「8 1/2」ですとか)なんて思ってるうちにまだ書けてない次第なのでした。

ぜひまた遊びに来てくださいませ!
2006/03/21(火) 13:31:33 | URL | タカ@映画学メモの中に入ってる人 #6SWgxDAM[ 編集]
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